STUDIO TORIUMI / GUIDE

Torで匿名になる、の
本当のところ

Torブラウザが何をしていて、何をしていないのか。入手の仕方、.onionリンクの探し方、そして何を守らないか。最後がいちばん大事なので、いちばん長く書きました。暗号が一度も破られないまま特定された事件が、実際にあります。

01 / WHAT3人に頼んで、誰も全部は知らない状態をつくる

ふつうにサイトを見ると、相手のサーバはあなたのIPアドレスを見ます。あなたの回線業者は、あなたがどこを見たかを見ます。両方が同時に分かる人が存在する——これがふつうの状態です。

Torは、間に3つの中継を挟みます。通信は3重に暗号化されていて、中継は自分の層だけをはがします。玉ねぎ(onion)と呼ばれるのはこのためです。

1 / GUARD入口 あなたが誰かは分かる。どこを見ているかは分からない
2 / MIDDLE中継 前と後ろしか分からない。両端のどちらも分からない
3 / EXIT出口 どこを見ているかは分かる。あなたが誰かは分からない

3人のうち誰ひとり、
「誰が」「どこを」の両方を知らない。

もとは米海軍研究所の支援で開発された技術で、いまは非営利の Tor Project が開発・運用しています。使っているのは犯罪者だけではありません。検閲下の国の市民、内部告発者を守る報道機関、身元を明かせない取材、DVから逃れている人、そして単に見られたくない人が使っています。

02 / CAN何ができて、何ができないか

回線業者に、見ているサイトを知られない。接続先はすべて入口の中継に見えます
サイト側に、自分のIPを知られない。相手から見えるのは出口の中継のIPです
塞がれたサイトに届く。検閲でTorそのものが塞がれている国でも、ブリッジという公開されていない入口を使えば通ることがあります
身元を明かさずに情報を渡せる。報道機関の受付窓口(後述)を通して
×ログインしたら終わりです。自分のアカウントに入れば、そこから先はあなたです。Torは「あなたが名乗ること」までは止められません
×速くありません。3か所を回るので遅い。動画や大きなファイルには向きません
×端末が乗っ取られていたら意味がありません。手元で見られていたら、経路をいくら隠しても同じです
×絶対ではありません。これが 05 の話です

03 / GET入手する。公式以外から落とさない

ここだけは譲らないでください。Torブラウザの偽物は実在します。見た目は同じで、中で通信を覗いているものが配られたことがあります。ダウンロードは公式サイトからだけにしてください。検索結果の広告枠や、まとめサイトのリンクから落とさないこと。

公式は torproject.org/download です。Windows・macOS・Linux・Androidがあり、日本語版もあります。無料です。

公式サイト自体が塞がれている国のために、メールで受け取る仕組み(GetTor)も用意されています。

入れたあと、触らないほうがいいこと

  • ウィンドウを最大化しない。画面の大きさは指紋になります。既定の大きさのまま使うのが、いちばん人ごみに紛れます
  • 拡張機能を入れない。入れた組み合わせが、そのまま個人の目印になります
  • 設定の「セキュリティレベル」を上げる。上げるとJavaScriptが止まり、壊れるサイトも増えますが、狙われる面は減ります
  • Torブラウザの中だけで完結させる。普通のブラウザと行き来すると、そこで繋がります

04 / ONION.onion とは。リンクはどこで探すか

.onion で終わるアドレスは、Torの中にしか存在しないサイトです。DNSにも登録されず、ふつうのブラウザでは開けません。通信がTorの外へ出ないので、出口の中継すら中身を見られません。

いまの形式(v3)は56文字あります。読みにくいのは仕様で、アドレスそのものが公開鍵になっているためです。短くて覚えやすい.onionアドレスは、たいてい偽物です。

まともなリンクの探し方

「.onionリンク集」を名乗るサイトは無数にありますが、並んでいるものの中身は誰も保証していません。詐欺と、違法なものと、罠が混ざっています。ここでは身元のはっきりした場所から辿る方法だけを書きます。

  • Tor Project 自身のサイト。公式が自前で .onion を出しています。まずここから
  • SecureDrop の一覧。Freedom of the Press Foundation が管理していて、実在する報道機関の窓口だけが載っています。securedrop.org/directory
  • 報道機関が自分で出している .onionProPublica が2016年に最初に出し、New York Times が2017年に続きました。BBC も World Service の版を出しています。各社の公式サイトに載っているアドレスを使ってください。第三者のまとめから拾わないこと
  • Wikipedia や、使っているサービスの公式案内。「うちの.onionはこれです」と自分で書いているものだけが信用できます

無差別なリンク集を、このページでは載せません。載せた時点で「ここが勧めた」ことになりますが、中身が明日どうなるかは誰にも分かりません。アドレスは、それを運営している当人の公式サイトから写してください。それが唯一、確かめようのある経路です。

05 / LIMITS何を守らないか。ここがいちばん大事です

Torの暗号は、いまのところ破られていません。それでも人は特定されています。破られているのは暗号ではなく、その外側です。

ハーバード大学の爆破予告

2013年12月・アメリカ

試験を受けたくない学生が、Tor経由で使い捨てのメールアドレスから爆破予告を送りました。Torは正常に動いていました。メールの発信元は最後まで割れていません。

それでも特定されました。理由は単純です。その時間に大学の無線LANからTorに繋いでいたのが、ほとんど彼だけだった。大学は接続記録から「Torの中継に繋いだ端末」を洗い出し、順に当たっただけです。

Torを使っていること自体は隠れません。使っている人が少ない場所では、使っているという事実が目印になります。

入口と出口の両方を見られる相手には効かない

相関攻撃と呼ばれます。Torは通信を速くするために、遅らせたり混ぜたりを最小限にしています。そのため、入口に入った量とタイミング、出口から出た量とタイミングを両方とも観測できる立場にいる相手は、それを突き合わせて繋げられます。

国家規模の観測者や、大きな通信事業者が該当します。Tor Project 自身がこの限界を公表しています。隠している弱点ではありません。

結局いちばん多いのは、運用のほころび

  • ログインした。一度でも自分のアカウントに入れば、そこで繋がります
  • ファイルにメタデータが残っていた。写真の位置情報、PDFの作成者名、Officeの編集履歴
  • 文体と語彙。普段の書き込みと突き合わせられます
  • 活動する時間帯。生活のリズムは、それだけで絞り込みに使えます
  • 同じ名前を使い回した。別の場所で使ったハンドルは、たいてい繋がっています
  • 知り合いに話した。技術で守れる範囲の外です

暗号は、人の口や癖までは守れません。

06 / PUBLISH匿名で発信する、の現実的な話

報道機関に渡す — SecureDrop

内部告発の受付として作られた仕組みで、世界60社以上の報道機関が導入しています。New York Times、Washington Post、ProPublica、The Intercept など。もとは Aaron Swartz が書いたものです。

使う側は、Torブラウザでその社の .onion を開き、資料を送ります。送り主が誰かは、受け取る記者にも分かりません。返事はサイト側で発行されるコードで受け取ります。個人で匿名サイトを立てるより、はるかに安全で、届く相手も確かです。

自分で .onion を立てる

技術的にはできます。自分のパソコンで動かしているものを、IPアドレスを一切明かさずに公開できます。ドメインを買う必要も、サーバを借りる必要もありません。

ただし、難しいのは立てることではありません。立てたあと、一度もミスをしないことです。サーバの設定ミスで本物のIPが漏れる、置いたファイルにメタデータが残る、うっかり普通の回線から管理画面を開く——1回で終わります。そして、やり直しはききません。身の安全がかかっているなら、自前で立てるより SecureDrop のような既にあるものを使ってください。

07 / JAPAN日本での位置づけ

Torを使うこと自体は、日本で違法ではありません。ダウンロードも利用も自由です。それを使って何をしたかが問われるのは、他のあらゆる道具と同じです。

PC遠隔操作事件

2012年・日本

掲示板を経由して他人のパソコンを遠隔操作し、犯罪予告を書き込んだ事件です。犯人はTorを使って自分の動きを隠していました。

この事件で4人が誤認逮捕されました。操られていた側のパソコンから書き込みが出ていたためです。

Torは「使っている人」を隠しますが、「使わされている人」は守りません。そして、隠れた誰かの代わりに、隠れていない誰かが疑われることがある——この事件が残した教訓は、匿名技術の話としてはそこだと思います。

なお、日本国内でTorの中継(とくに出口)を運営することには、法的にも実務的にも面倒がついてまわります。他人の通信が自分の回線から出ていくためです。使うことと、中継を担うことは、まったく別の話だと思ってください。

08 / SOURCES出典

このページは Tor Project とは無関係の、個人が書いた解説です。正確を期していますが、仕様も情勢も変わります。実際に使う前には必ず公式の案内を読んでください。身の安全がかかっている状況なら、このページではなく、その分野の支援団体に相談してください。